フィンランド上空の戦闘機
¥3,080
税込
フィンランド空軍随一の名戦闘機隊指揮官 著者、エイノ・アンテロ・ルーッカネンは現在はロシア領となっているソルタヴァラ郊外のヤーッキマに生まれ、1935年3月21日、中尉に任官。1939年11月30日の「冬戦争」勃発時には飛行第24戦隊、第3中隊の中隊長を務め、フィンランド空軍史上初めての撃墜を果たしました。その後フォッカーD-XXI戦闘機を装備する独立戦闘機隊部隊を率いて、凍結した湖を基地に奇襲作戦を展開。冬戦争休戦後は米国製のブルースター・バッファロー戦闘機に装備を改変した飛行第24戦隊の第1中隊の指揮官となり、独ソ戦につづいて開戦した「継続戦争」に参加、ときおり戦隊長の代理を務めながら苛酷な自然のなかで戦い、個人の撃墜戦果を伸ばしてゆきました。1942年の11月には、少佐に進級。偵察部隊である飛行第30戦隊の戦隊長に昇進、しかし折からドイツ製のメッサーシュミット109戦闘機を購入し、各戦隊から腕のいい操縦者を集めて編成中であったエリート戦闘機隊、飛行第34戦隊の戦隊長が飛行機事故で殉職したため、急遽、かれが同部隊の指揮をとることになったのです。名機メッサーシュミットを得たかれは急速に撃墜戦果を伸ばし、1944年6月18日にはマンネルヘイム十字章を授章しました。最終的な撃墜戦果は56機、戦闘出撃441回。1951年11月8日、退役。1964年4月10日、死去。享年は55歳でした。
フィンランド空軍の中堅飛行将校として開戦を迎えたルーッカネン中尉は、選りすぐりの戦闘機乗りで編成された独立L戦闘機隊を率い、凍結した湖を基地に極北の森を転戦、思いがけない場所でロシア機を襲った。苛酷な自然のなかで小さな戦闘機部隊を巧みに運用した名指揮官が描く、真冬の森の邀撃戦、北辺の制空戦。そして44年夏、カレリヤ地峡には地を覆うロシア空軍機の大編隊がやって来た。
フィンランド空軍の中堅飛行将校として開戦を迎えたルーッカネン中尉は、選りすぐりの戦闘機乗りで編成された独立L戦闘機隊を率い、凍結した湖を基地に極北の森を転戦、思いがけない場所でロシア機を襲った。苛酷な自然のなかで小さな戦闘機部隊を巧みに運用した名指揮官が描く、真冬の森の邀撃戦、北辺の制空戦。そして44年夏、カレリヤ地峡には地を覆うロシア空軍機の大編隊がやって来た。
- 関連カテゴリ
